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文学・音楽・教養 Archive
ショパン生誕200年、教会でコンサート
- 2010-07-16 (金)
- 文学・音楽・教養
今年はフレデリック・ショパンの生誕200年に当たり、世界各地で関連イベントが行われています。
昨日の午後6時から、サナリーの教会でピアノコンサートがあるという事で、行ってきましたので、その様子をご紹介します。
ショパンについて:
ショパンは19世紀、ポーランドの作曲家です。
フランス人の父、ポーランド人の母のもとポーランドに生まれ、ワルシャワ音楽院に学びます。
ノクターン、別れの曲、英雄ポロネーズ、幻想即興曲、子犬のワルツ、革命のエチュード、雨だれの前奏曲、
華麗なる大円舞曲、軍隊ポロネーズなど、数々の名曲を作曲し、”ピアノの詩人”と呼ばれています。
パリの貴族たちと交流があったおかげで、安定した生活を送ることもできましたし、女流小説家、ジョルジュ・サンドと
同棲していた時期は、最も円熟した作品の数々が生まれていると言われています。彼は、幸運な作曲家と言えますね。
さて、南仏時間と言われるように、”時間は守られない(遅れる)”事が常となっているので、私もそのつもりで
行動できるようになりました。(いいの? 悪いの? 笑) 会場の教会に着いたのは、6時を少し過ぎていました。
”え?…………
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Ollioules のお祭り(2) と 十字軍について
昨日のブログ、Ollioules(オリュール)のフェスティバルでご紹介しきれなかった写真を掲載します。
今回のコスチュームは13世紀。兵士は赤の十字架の記章、十字軍ですね。私は大学入試で世界史を専攻したので、十字軍について学びましたが、あれから ? 10年を過ぎ、知識がかなり低下しております。ここでちょっと復習を。
十字軍(Crusades):
[目的] 広義:中世のカトリック教会が異教徒、異端者に対して行った遠征。
狭義:西欧諸国のキリスト教徒が、聖地パレスチナ回復のため、1096年から13世紀後半に至るまで、
7回にわたって行った遠征。
* 1095年 教皇ウルバヌス2世がクレルモン公会議で遠征を宣言。十字架の記章を戦士の標識と定める。
宗教面 :十字軍が教皇の提唱で起こされた事。一時的にせよ聖地を回復した事から、教皇の権威が高まり、
13世紀初めには、教皇権は絶頂期を迎える。 結局、聖地を回復できなかった事が、逆に教皇に対する
信頼を失わせる事となり、教皇権の衰退を招く事となる。
政治面 :*諸侯・騎士が没落する原因となる。長期間の遠征によって多くの諸侯・騎士が命を落とし、家系の断絶が起こる。
*莫大な遠征費の負担が経済的な没落の原因となる。その一方で国王による中央集権化が進展する。
*国王は十字軍の指揮者として活躍し、諸侯・騎士の没落によってその地位は強化される。
*諸侯・騎士が戦死し、家系が断絶した場合、その遺領を王領に編入し、財政面での強化をはかる。
こうして各国では国王による中央集権化が進展した。
経済面:十字軍によって利益を得たヴェネツィア・ジェノヴァなどの北イタリア海港都市が、イスラム世界との東方貿易により
大きな利益を得て発展。ヨーロッパ内部でも遠隔地商業や貨幣経済が発展し、都市が発達する。
文化面:十字軍によって多くの人々が東方との間を往来した為、ヨーロッパ人の視野が広まり、ビザンチンツ文化や
イスラム文化が流入し、特にイスラムから未知の技術がもたらされ、ヨーロッパ文化発展の 基礎が作られる。
早い話、十字軍の遠征は失敗に終わったということです。では、写真を…………..
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不思議な体験とイソップ物語
- 2010-06-16 (水)
- 文学・音楽・教養
偶然かもしれないのですが、今日とても不思議な体験をしました。
数日前の事です。テラスの床にキリギリスがいるのを発見しました。ここは前に海があるからか、風が強いせいなのか、
蜜蜂以外の昆虫はほとんど見かけないので、なんだかとても嬉しくなりました。
でも動く気配がないのでちょっと触ってみたら、右の前足をどうかしているようでした。このまま床に居たのでは死んでしまうと思い、ラベンダーの茂みにおいてやったんです。その後その事はもうすっかり忘れていたのですが、今日、洗濯物を干そうと
テラスに出たら…………
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ニースでオペラ鑑賞
- 2010-01-18 (月)
- 文学・音楽・教養
今日は久しぶりにニース(Nice)に行ってオペラを見てきましたので、その話題です。
今日17日日曜日が最終公演の、ワグナー(Richard Wagner) のオペラ、パシファル(Parsifal)を見てきました。
2時半からの講演でしたので、時間に余裕を持って出かけました。日曜日のハイウェイはかなりすいていて、予定より早めにニースに到着しましたので、お昼を食べてゆっくりしていたんです。ニースのオールドタウンにあるオペラ劇場で公演されると信じて疑わなかったので、レストランだって劇場のすぐ隣を選びました。
2時になったので、劇場へ。 ん? 扉も閉まっているし、何だか様子が変だな~。それに誰もいないし。
と、よく見ると扉に小さな張り紙が………..
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バルザックの日常と作品
- 2010-01-16 (土)
- 文学・音楽・教養
今日のサナリーは久しぶりに晴れました。
久しぶりの晴れと金曜日とが重なったせいでしょうか、交通渋滞していました。車のランプの調子がおかしかったので、ガレージ(トヨタとか、ホンダとか、ディーラーの意味です)に行って見てもらったら、結局ランプの交換になりました。高かったです!
そう言えば、去年の夏くらいからでしょうか、フリーのコーヒーサービスが無くなりました。クロワッサンのサービス(バスケットに入れて置いてあります)は相変わらずありますが、(あんまり食べる人はいないみたいです)エスプレッソとか普通のコーヒーとか、自分の好きなコーヒーを選んで飲める、コーヒーマシーンが待合室にあって人気だったのですが、受付の後に移動されて、勝手に飲めなくなりました。フランスでも、経費節減しているんですね。
19世紀を代表するフランスの文豪、現代小説の創始者と言われるバルザックの2回目です。
彼はとにかくコーヒーを飲みます。眠気を払うために、一日に何十杯と飲みました。寝る間も惜しんで書き続けます。書き終わると社交界へ顔を出します。ですから、小説を書いていない時間は、社交界で友人たちと交流を深め、大食いをし豪遊するのです。バルザックの大食いは有名で…………
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オノレ・ド・バルザック その人と背景
- 2010-01-15 (金)
- 文学・音楽・教養
今日と明日の2回に分けて、私が大好きな作家の一人、オノレ・ド・バルザック(Honore de Balzac)についてお話したいと思います。
2,000年に、彼の没後150年を記念した催しが、世界のあちこちでありましたので、ご記憶の方も多いと思います。私は彼の小説も大好きですが、バルザック自身の人生、生き方にとっても興味がありまして、それについて書かれた本をいろいろ読んだ事があります。
バルザックは、1799年5月20日(フランス革命の10年後です)フランスのトゥールで生まれ、1850年8月18に51才で亡くなっています。オノレ・ド・バルザックの”ド”は、彼が貴族を気取って勝手につけたものです。彼が亡くなった時に弔辞を読んだのは、親友のヴィクトル・ユーゴでした。
小さい頃から母親に愛されなかった(と、バルザックは信じて疑いませんが、そうでないようにも思えます。疑問です。)ようで、生後間もなく近くに住む乳母に預けられ、その後寄宿舎に入りますが、(8歳から14歳くらいまで)ここでのバルザックは、友達もなく、本を狂ったように読む時を過ごします。
6年間で母親が彼に面会に来たのは、たった2度だったようです。(その事を理由に、バルザックは、母親が自分を愛してなかったと思っています)
大学の法学部に入学し、両親の希望する公証人となるべく法律事務所で見習いを始めますが、……………
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