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	<title>南仏ツアー・旅行ブログ &#187; 文学・音楽・教養</title>
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	<description>南仏・フランス情報が満載です！</description>
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		<title>8月6日のニース　その1　コンサート</title>
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		<pubDate>Mon, 09 Aug 2010 22:47:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文学・音楽・教養]]></category>
		<category><![CDATA[ニース]]></category>

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		<description><![CDATA[				今日から4回に分けて、再びニースでのいろいろをご紹介します。
				ニースの高級住宅街として知られるGIMIEZ（シミエ）地区、今日はそのシミエにある修道院の
				中庭で行われた、コンサートの様子をお伝えします。
				たくさん写真を撮ってきましたので、ショートコメントとも合わせて、一緒に見て下さい。
				では、一枚目&#8230;&#8230;&#8230;.,,,,,
				
				コンサートの案内パンフレットです。7月13日から8月14日まで毎回演奏者がかわります。
				私は、8月6日の“Rigutto, Wallez,Les Sonates&#8221; を聞きに行きました。
				
				会場となったのは修道院の中庭。夕方6時すぎに門にカギがかかるまでは、ここから
				マチス美術館がある大公園へ抜ける事が出来ます。
				
				9時から始まるコンサートまで時間があったので、敷地内にある広い庭で時間をつぶすことにしました。
				その庭から見たニースの街です。フランスの景観の良さは、とにかく色が統一されている事ですね。
				
				庭の写真三枚見てください。
				ここのベンチに腰掛けて本を読んでいたい&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;
				
				とても静かで、とても自由になれる、そんな石の道でした。
				
				ケイトウの花&#8230;&#8230;この色合いにふと日本を思いました。日本が恋しくなりました。
				
				ニースに来たら、マチスとシャガールの美術館へは必ずと言っていいほど行きますが、そのマチス美術館です。
				私、ゴッホが大好きなせいでしょうか?　写真が歪んでいます。笑　
				ここはとても広い公園になっていて、ジョギングするにもぴったり。修道院へも抜けられます。
				オリーブが森のように茂っていて、CIMIEZ地区の良さは、ここにあり!ですね。
				
				私のお楽しみの時間がやってまいりました! コンサートの前の待ち時間、”シャンパンやワインを飲みながら
				待ちましょう”タイムです。今回はシャンパンロゼにしました。あ～野外で飲むシャンパンは又格別でしたね～。
				
				コンサートが始まる前の様子です。中央の写真家らしき彼女の隣が私の席でした。
				今回写真撮影をしているのは二人だけだったのに、それが私と彼女だなんて笑えます。
				皆さん特別正装というわけではありませんでしたが、さすがにビーチサンダルできているような人はいなくて、
				やはり、ニース、シミエ地区でした。
				
				今日はコンサートのご紹介のはずが、演奏家の紹介が最後になってしまいました。
				少しご年配のヴァイオリニストがJean-Pierre Wallez氏、ピアニストはBruno Riguttoさんです。
				Faure, Debussy, Cesar-Franck, のSonateの演奏でした。
				輝かしい経歴を持つお二人、日本でもファンが多いと聞きます。ヴァイオリンは枯れたテクニック、
				”すごい事をなんてことなくやってのける”そんな感じの演奏でした。
				ピアノをもっと聞きたかったです。こちらも素晴らしい演奏でしたね。さすが一流です!
				
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>今日から4回に分けて、再びニースでのいろいろをご紹介します。</p>
				<p>ニースの高級住宅街として知られるGIMIEZ（シミエ）地区、今日はそのシミエにある修道院の<br />
				中庭で行われた、コンサートの様子をお伝えします。</p>
				<p>たくさん写真を撮ってきましたので、ショートコメントとも合わせて、一緒に見て下さい。</p>
				<p>では、一枚目&#8230;&#8230;&#8230;.,,,,,</p>
				<p><span id="more-2353"></span></p>
				<p>コンサートの案内パンフレットです。7月13日から8月14日まで毎回演奏者がかわります。<br />
				私は、8月6日の“Rigutto, Wallez,Les Sonates&#8221; を聞きに行きました。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/1_copy.jpg" alt="1_copy" title="1_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2356" /></p>
				<p>会場となったのは修道院の中庭。夕方6時すぎに門にカギがかかるまでは、ここから<br />
				マチス美術館がある大公園へ抜ける事が出来ます。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/５_copy.jpg" alt="５_copy" title="５_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2355" /></p>
				<p>9時から始まるコンサートまで時間があったので、敷地内にある広い庭で時間をつぶすことにしました。<br />
				その庭から見たニースの街です。フランスの景観の良さは、とにかく色が統一されている事ですね。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/４_copy.jpg" alt="４_copy" title="４_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2357" /></p>
				<p>庭の写真三枚見てください。<br />
				ここのベンチに腰掛けて本を読んでいたい&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/９_copy.jpg" alt="９_copy" title="９_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2358" /></p>
				<p>とても静かで、とても自由になれる、そんな石の道でした。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/８_copy.jpg" alt="８_copy" title="８_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2359" /></p>
				<p>ケイトウの花&#8230;&#8230;この色合いにふと日本を思いました。日本が恋しくなりました。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/１０_copy.jpg" alt="１０_copy" title="１０_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2360" /></p>
				<p>ニースに来たら、マチスとシャガールの美術館へは必ずと言っていいほど行きますが、そのマチス美術館です。<br />
				私、ゴッホが大好きなせいでしょうか?　写真が歪んでいます。笑　<br />
				ここはとても広い公園になっていて、ジョギングするにもぴったり。修道院へも抜けられます。<br />
				オリーブが森のように茂っていて、CIMIEZ地区の良さは、ここにあり!ですね。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/６_copy.jpg" alt="６_copy" title="６_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2361" /></p>
				<p>私のお楽しみの時間がやってまいりました! コンサートの前の待ち時間、”シャンパンやワインを飲みながら<br />
				待ちましょう”タイムです。今回はシャンパンロゼにしました。あ～野外で飲むシャンパンは又格別でしたね～。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/７_copy.jpg" alt="７_copy" title="７_copy" width="600" height="327" class="alignnone size-full wp-image-2362" /></p>
				<p>コンサートが始まる前の様子です。中央の写真家らしき彼女の隣が私の席でした。<br />
				今回写真撮影をしているのは二人だけだったのに、それが私と彼女だなんて笑えます。<br />
				皆さん特別正装というわけではありませんでしたが、さすがにビーチサンダルできているような人はいなくて、<br />
				やはり、ニース、シミエ地区でした。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/2_copy.jpg" alt="2_copy" title="2_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2363" /></p>
				<p>今日はコンサートのご紹介のはずが、演奏家の紹介が最後になってしまいました。<br />
				少しご年配のヴァイオリニストがJean-Pierre Wallez氏、ピアニストはBruno Riguttoさんです。<br />
				Faure, Debussy, Cesar-Franck, のSonateの演奏でした。<br />
				輝かしい経歴を持つお二人、日本でもファンが多いと聞きます。ヴァイオリンは枯れたテクニック、<br />
				”すごい事をなんてことなくやってのける”そんな感じの演奏でした。<br />
				ピアノをもっと聞きたかったです。こちらも素晴らしい演奏でしたね。さすが一流です!</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/08/3_copy.jpg" alt="3_copy" title="3_copy" width="600" height="392" class="alignnone size-full wp-image-2364" /></p>
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		<title>ショパン生誕200年、教会でコンサート</title>
		<link>http://www.yumibooks.com/blog/culture/2248.html</link>
		<comments>http://www.yumibooks.com/blog/culture/2248.html#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 16 Jul 2010 07:13:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文学・音楽・教養]]></category>
		<category><![CDATA[サナリー]]></category>

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		<description><![CDATA[				今年はフレデリック・ショパンの生誕200年に当たり、世界各地で関連イベントが行われています。
				昨日の午後６時から、サナリーの教会でピアノコンサートがあるという事で、行ってきましたので、その様子をご紹介します。　
				ショパンについて：
				ショパンは19世紀、ポーランドの作曲家です。
				フランス人の父、ポーランド人の母のもとポーランドに生まれ、ワルシャワ音楽院に学びます。
				ノクターン、別れの曲、英雄ポロネーズ、幻想即興曲、子犬のワルツ、革命のエチュード、雨だれの前奏曲、
				華麗なる大円舞曲、軍隊ポロネーズなど、数々の名曲を作曲し、”ピアノの詩人”と呼ばれています。
				パリの貴族たちと交流があったおかげで、安定した生活を送ることもできましたし、女流小説家、ジョルジュ・サンドと
				同棲していた時期は、最も円熟した作品の数々が生まれていると言われています。彼は、幸運な作曲家と言えますね。
				さて、南仏時間と言われるように、”時間は守られない（遅れる）”事が常となっているので、私もそのつもりで
				行動できるようになりました。（いいの? 悪いの? 笑） 会場の教会に着いたのは、6時を少し過ぎていました。
				”え?&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;
				
				うそ~! ” すでに教会内は観客でいっぱいです。私は最後の一人となりました。こんなことは初めてです。
				一番奥に一人分の席が空いていましたので、先に座っているムッシュ達に”すみません”と言いながらも無事着席。
				日中30度を超える暑さは毎日続いていますが、昨日も、夕方6時過ぎでも日中と同じ暑さの中、教会は蒸し風呂状態でした。
				写真は町じゅうに貼られていたポスター。サナリーではもちろんですが、バンドールでも見かけました。
				ピアニストはRin Nomura さん。資料がないか調べたのですが、見つけることができませんでした。
				
				演奏が終わって立ち上がった彼女に拍手をする人達。彼女がピアノ演奏している様子を見たかったです!! 残念でした。
				ですが、華奢な女性とは思えない力強い演奏でした。うまい! と思いました。
				いい演奏を聞かせて下さって、「ありがとう！」 これからも頑張って欲しいです。エールを送ります。
				
				演奏が終わって教会から出てくる皆さんの様子とサナリーの教会です。私はこの教会大好きです。正面は海に面していて、
				お買物の途中でも気軽に立ち寄れます。バンドールの教会もそうです。
				ご年配、特に女性が多かったように思います。料金18€で演奏を気軽に楽しめる。アートや芸術がすぐ側にある。
				フランスが好きな理由の一つです。
				
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>今年はフレデリック・ショパンの生誕200年に当たり、世界各地で関連イベントが行われています。</p>
				<p>昨日の午後６時から、サナリーの教会でピアノコンサートがあるという事で、行ってきましたので、その様子をご紹介します。　</p>
				<p>ショパンについて：<br />
				ショパンは19世紀、ポーランドの作曲家です。<br />
				フランス人の父、ポーランド人の母のもとポーランドに生まれ、ワルシャワ音楽院に学びます。<br />
				ノクターン、別れの曲、英雄ポロネーズ、幻想即興曲、子犬のワルツ、革命のエチュード、雨だれの前奏曲、<br />
				華麗なる大円舞曲、軍隊ポロネーズなど、数々の名曲を作曲し、”ピアノの詩人”と呼ばれています。<br />
				パリの貴族たちと交流があったおかげで、安定した生活を送ることもできましたし、女流小説家、ジョルジュ・サンドと<br />
				同棲していた時期は、最も円熟した作品の数々が生まれていると言われています。彼は、幸運な作曲家と言えますね。</p>
				<p>さて、南仏時間と言われるように、”時間は守られない（遅れる）”事が常となっているので、私もそのつもりで<br />
				行動できるようになりました。（いいの? 悪いの? 笑） 会場の教会に着いたのは、6時を少し過ぎていました。<br />
				”え?&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;</p>
				<p><span id="more-2248"></span></p>
				<p>うそ~! ” すでに教会内は観客でいっぱいです。私は最後の一人となりました。こんなことは初めてです。</p>
				<p>一番奥に一人分の席が空いていましたので、先に座っているムッシュ達に”すみません”と言いながらも無事着席。<br />
				日中30度を超える暑さは毎日続いていますが、昨日も、夕方6時過ぎでも日中と同じ暑さの中、教会は蒸し風呂状態でした。</p>
				<p>写真は町じゅうに貼られていたポスター。サナリーではもちろんですが、バンドールでも見かけました。<br />
				ピアニストはRin Nomura さん。資料がないか調べたのですが、見つけることができませんでした。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/P1020518_copy.jpg" alt="P1020518_copy" title="P1020518_copy" width="450" height="600" class="alignnone size-full wp-image-2258" /></p>
				<p>演奏が終わって立ち上がった彼女に拍手をする人達。彼女がピアノ演奏している様子を見たかったです!! 残念でした。<br />
				ですが、華奢な女性とは思えない力強い演奏でした。うまい! と思いました。<br />
				いい演奏を聞かせて下さって、「ありがとう！」 これからも頑張って欲しいです。エールを送ります。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/P1020516_copy.jpg" alt="P1020516_copy" title="P1020516_copy" width="600" height="565" class="alignnone size-full wp-image-2259" /></p>
				<p>演奏が終わって教会から出てくる皆さんの様子とサナリーの教会です。私はこの教会大好きです。正面は海に面していて、<br />
				お買物の途中でも気軽に立ち寄れます。バンドールの教会もそうです。<br />
				ご年配、特に女性が多かったように思います。料金18€で演奏を気軽に楽しめる。アートや芸術がすぐ側にある。<br />
				フランスが好きな理由の一つです。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/P1020517_copy.jpg" alt="P1020517_copy" title="P1020517_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2260" /></p>
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		<item>
		<title>Ollioules のお祭り(2)　と　十字軍について</title>
		<link>http://www.yumibooks.com/blog/culture/2130.html</link>
		<comments>http://www.yumibooks.com/blog/culture/2130.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 05 Jul 2010 21:30:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[イベント・お祭り]]></category>
		<category><![CDATA[文学・音楽・教養]]></category>

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		<description><![CDATA[				昨日のブログ、Ollioules（オリュール）のフェスティバルでご紹介しきれなかった写真を掲載します。
				今回のコスチュームは13世紀。兵士は赤の十字架の記章、十字軍ですね。私は大学入試で世界史を専攻したので、十字軍について学びましたが、あれから ? 10年を過ぎ、知識がかなり低下しております。ここでちょっと復習を。
				十字軍（Crusades):
				[目的] 広義：中世のカトリック教会が異教徒、異端者に対して行った遠征。
				　　　　 狭義:西欧諸国のキリスト教徒が、聖地パレスチナ回復のため、1096年から13世紀後半に至るまで、
				　　　　 ７回にわたって行った遠征。
				* 1095年　教皇ウルバヌス２世がクレルモン公会議で遠征を宣言。十字架の記章を戦士の標識と定める。
				 宗教面 ：十字軍が教皇の提唱で起こされた事。一時的にせよ聖地を回復した事から、教皇の権威が高まり、
				                                    13世紀初めには、教皇権は絶頂期を迎える。 結局、聖地を回復できなかった事が、逆に教皇に対する
				          [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>昨日のブログ、Ollioules（オリュール）のフェスティバルでご紹介しきれなかった写真を掲載します。</p>
				<p>今回のコスチュームは13世紀。兵士は赤の十字架の記章、十字軍ですね。私は大学入試で世界史を専攻したので、十字軍について学びましたが、あれから ? 10年を過ぎ、知識がかなり低下しております。ここでちょっと復習を。</p>
				<p>十字軍（Crusades):<br />
				[目的] 広義：中世のカトリック教会が異教徒、異端者に対して行った遠征。<br />
				　　　　 狭義:西欧諸国のキリスト教徒が、聖地パレスチナ回復のため、1096年から13世紀後半に至るまで、<br />
				　　　　 ７回にわたって行った遠征。</p>
				<p>* 1095年　教皇ウルバヌス２世がクレルモン公会議で遠征を宣言。<strong>十字架の記章</strong>を戦士の標識と定める。</p>
				<p><strong> 宗教面</strong> ：十字軍が教皇の提唱で起こされた事。一時的にせよ聖地を回復した事から、教皇の権威が高まり、<br />
				                                    13世紀初めには、教皇権は絶頂期を迎える。 結局、聖地を回復できなかった事が、逆に教皇に対する<br />
				                                    信頼を失わせる事となり、教皇権の衰退を招く事となる。 </p>
				<p><strong>政治面</strong> ：*諸侯・騎士が没落する原因となる。長期間の遠征によって多くの諸侯・騎士が命を落とし、家系の断絶が起こる。<br />
				　　　　　                          *莫大な遠征費の負担が経済的な没落の原因となる。その一方で国王による中央集権化が進展する。<br />
				                                   *国王は十字軍の指揮者として活躍し、諸侯・騎士の没落によってその地位は強化される。<br />
				                                   *諸侯・騎士が戦死し、家系が断絶した場合、その遺領を王領に編入し、財政面での強化をはかる。</p>
				<p>こうして各国では国王による中央集権化が進展した。<br />
				　<br />
				<strong>経済面</strong>：十字軍によって利益を得たヴェネツィア・ジェノヴァなどの北イタリア海港都市が、イスラム世界との東方貿易により<br />
				　　　　　　 大きな利益を得て発展。ヨーロッパ内部でも遠隔地商業や貨幣経済が発展し、都市が発達する。</p>
				<p><strong>文化面</strong>：十字軍によって多くの人々が東方との間を往来した為、ヨーロッパ人の視野が広まり、ビザンチンツ文化や<br />
				　　　　　　 イスラム文化が流入し、特にイスラムから未知の技術がもたらされ、ヨーロッパ文化発展の 基礎が作られる。</p>
				<p>早い話、十字軍の遠征は失敗に終わったということです。では、写真を&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;..</p>
				<p><span id="more-2130"></span></p>
				<p>昨日、騎馬戦を戦った兵士たち、今日はかなりお疲れの様子。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/070604_copy.jpg" alt="070604_copy" title="070604_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2142" /></p>
				<p>シャッターチャンスを逃しました～笑。十字軍の遠征はまさにこんな感じだったのでしょうね。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/070605_copy.jpg" alt="070605_copy" title="070605_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2143" /></p>
				<p>昨日ご紹介したテントの中です。<br />
				<img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/070602_copy.jpg" alt="070602_copy" title="070602_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2145" /></p>
				<p>同じく黄色と黒のパターンのテントの中。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/070601_copy.jpg" alt="070601_copy" title="070601_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2144" /></p>
				<p>赤と白の柄のテントの中。結構ゆっくりしていました。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/070603_copy.jpg" alt="070603_copy" title="070603_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2146" /></p>
				<p>土曜日に見た時は顔をこちらに向けて愛嬌をふりまいていましたが、昨日は食べる、食べる!お腹がすいていたんですね。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/070606_copy.jpg" alt="070606_copy" title="070606_copy" width="600" height="450" class="alignnone size-full wp-image-2147" /></p>
				<p>拷問に使われた道具ですね。椅子の背にはたくさんの釘が。日本にもこれと似たようなのがありましたね。<br />
				この展示の横に、語り部がいたのですが、この人の人相、怖かったですよ～。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/070607_copy.jpg" alt="070607_copy" title="070607_copy" width="600" height="490" class="alignnone size-full wp-image-2148" /></p>
				<p>最期はやはり、素敵な笑顔で。30度を超える日中、ビロードの衣装は大変暑かったでしょう、お疲れ様!</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/07/070608_copy.jpg" alt="070608_copy" title="070608_copy" width="450" height="600" class="alignnone size-full wp-image-2149" /></p>
]]></content:encoded>
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		<title>不思議な体験とイソップ物語</title>
		<link>http://www.yumibooks.com/blog/culture/2005.html</link>
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		<pubDate>Tue, 15 Jun 2010 22:02:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文学・音楽・教養]]></category>

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		<description><![CDATA[				偶然かもしれないのですが、今日とても不思議な体験をしました。
				数日前の事です。テラスの床にキリギリスがいるのを発見しました。ここは前に海があるからか、風が強いせいなのか、
				蜜蜂以外の昆虫はほとんど見かけないので、なんだかとても嬉しくなりました。
				でも動く気配がないのでちょっと触ってみたら、右の前足をどうかしているようでした。このまま床に居たのでは死んでしまうと思い、ラベンダーの茂みにおいてやったんです。その後その事はもうすっかり忘れていたのですが、今日、洗濯物を干そうと
				テラスに出たら&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;
				
				キリギリスがじっとこちらを見ているではないですか! 今度は床ではなく、テラスのレンガの塀の上です。
				逃がしてやった彼（オスという事にして下さい）です、 間違いなく!! だってラベンダーの茂みの石壁を登ると今日いた所に
				出ます。暫くお互い見つめあっていました。（笑） その後彼は、足が治った様子をみてくれと言わんばかりに、
				壁をよじ登り始めました。
				カメラを取りに行って写真撮影が終わるまで居てくれました。どこに行くか見届けたくなかったので、「元気でね！」と声をかけて私は部屋へ戻りましたが、とても感動しました。
				時間が少しでもずれていたら会えなかったはずです。そう考えると、”私に元気になった姿を見せに来てくれたのだ”と、
				そう思えてしかたありませんでした。
				写真はそのキリギリス君。空が写っているでしょう? この壁は90度です。
				
				キリギリスと言えば、イソップ物語の「アリとキリギリス」（「The Ant and the Grasshopper」）のお話が有名ですが、私は小さい頃、イソップ物語とグリム童話の本をよく読んでいました。今思うと、イソップ物語の中には、実に多くの教訓が示されていた事に気付きます。
				Story:
				夏の間アリたちは、冬に備えて食料を貯める為に働き続けますが、キリギリスは歌を歌ってばかりいて働きません。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探しますが見つけられず、アリたちに頼んで、食べ物を分けてもらおうとするのですが、「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったら?」と断られます。
				というのがオリジナルなのですが、それではかわいそうだとういう事になり、ニューバージョンでは&#8230;&#8230;&#8230;..
				アリがキリギリスに食べ物を恵み、「私が夏にせっせと働いていた時、あなたは私の事を笑いましたが、あなたは遊び呆けて何の備えもしなかったから、こうなったのですよ。」とキリギリスに告げる話などに変更されています。
				写真はイラストレーターとして有名な、Milo winter 1919 のイラストです。彼は、アラビアンナイト、不思議の国のアリス、
				ガリバー旅行記等のイラストも手掛けています。優しさあふれたイラストで、私は彼の大ファンです。
				
				あるウェブサイト（英語）で、この話を今のアジア、ヨーロッパ、アメリカの経済界の様子に引用して解説していました。
				面白く読みました。食料を分けてやるのかやらないのか、正解があるのでしょうか。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>偶然かもしれないのですが、今日とても不思議な体験をしました。</p>
				<p>数日前の事です。テラスの床にキリギリスがいるのを発見しました。ここは前に海があるからか、風が強いせいなのか、<br />
				蜜蜂以外の昆虫はほとんど見かけないので、なんだかとても嬉しくなりました。</p>
				<p>でも動く気配がないのでちょっと触ってみたら、右の前足をどうかしているようでした。このまま床に居たのでは死んでしまうと思い、ラベンダーの茂みにおいてやったんです。その後その事はもうすっかり忘れていたのですが、今日、洗濯物を干そうと<br />
				テラスに出たら&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;</p>
				<p><span id="more-2005"></span></p>
				<p>キリギリスがじっとこちらを見ているではないですか! 今度は床ではなく、テラスのレンガの塀の上です。</p>
				<p>逃がしてやった彼（オスという事にして下さい）です、 間違いなく!! だってラベンダーの茂みの石壁を登ると今日いた所に<br />
				出ます。暫くお互い見つめあっていました。（笑） その後彼は、足が治った様子をみてくれと言わんばかりに、<br />
				壁をよじ登り始めました。</p>
				<p>カメラを取りに行って写真撮影が終わるまで居てくれました。どこに行くか見届けたくなかったので、「元気でね！」と声をかけて私は部屋へ戻りましたが、とても感動しました。</p>
				<p>時間が少しでもずれていたら会えなかったはずです。そう考えると、”私に元気になった姿を見せに来てくれたのだ”と、<br />
				そう思えてしかたありませんでした。</p>
				<p>写真はそのキリギリス君。空が写っているでしょう? この壁は90度です。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/06/キリギリス_copy.jpg" alt="キリギリス_copy" title="キリギリス_copy" width="600" height="533" class="alignnone size-full wp-image-2008" /></p>
				<p>キリギリスと言えば、イソップ物語の「アリとキリギリス」（「The Ant and the Grasshopper」）のお話が有名ですが、私は小さい頃、イソップ物語とグリム童話の本をよく読んでいました。今思うと、イソップ物語の中には、実に多くの教訓が示されていた事に気付きます。</p>
				<p>Story:<br />
				夏の間アリたちは、冬に備えて食料を貯める為に働き続けますが、キリギリスは歌を歌ってばかりいて働きません。やがて冬が来て、キリギリスは食べ物を探しますが見つけられず、アリたちに頼んで、食べ物を分けてもらおうとするのですが、「夏には歌っていたんだから、冬には踊ったら?」と断られます。</p>
				<p>というのがオリジナルなのですが、それではかわいそうだとういう事になり、ニューバージョンでは&#8230;&#8230;&#8230;..</p>
				<p>アリがキリギリスに食べ物を恵み、「私が夏にせっせと働いていた時、あなたは私の事を笑いましたが、あなたは遊び呆けて何の備えもしなかったから、こうなったのですよ。」とキリギリスに告げる話などに変更されています。</p>
				<p>写真はイラストレーターとして有名な、Milo winter 1919 のイラストです。彼は、アラビアンナイト、不思議の国のアリス、<br />
				ガリバー旅行記等のイラストも手掛けています。優しさあふれたイラストで、私は彼の大ファンです。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/06/ant-grasshopper_copy.jpg" alt="ant-grasshopper_copy" title="ant-grasshopper_copy" width="600" height="578" class="alignnone size-full wp-image-2009" /></p>
				<p>あるウェブサイト（英語）で、この話を今のアジア、ヨーロッパ、アメリカの経済界の様子に引用して解説していました。<br />
				面白く読みました。食料を分けてやるのかやらないのか、正解があるのでしょうか。</p>
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		<item>
		<title>ニースでオペラ鑑賞</title>
		<link>http://www.yumibooks.com/blog/culture/489.html</link>
		<comments>http://www.yumibooks.com/blog/culture/489.html#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 18 Jan 2010 01:21:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文学・音楽・教養]]></category>
		<category><![CDATA[ニース]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.yumibooks.com/blog/?p=489</guid>
		<description><![CDATA[				今日は久しぶりにニース（Nice）に行ってオペラを見てきましたので、その話題です。
				今日17日日曜日が最終公演の、ワグナー（Richard Wagner） のオペラ、パシファル（Parsifal）を見てきました。
				2時半からの講演でしたので、時間に余裕を持って出かけました。日曜日のハイウェイはかなりすいていて、予定より早めにニースに到着しましたので、お昼を食べてゆっくりしていたんです。ニースのオールドタウンにあるオペラ劇場で公演されると信じて疑わなかったので、レストランだって劇場のすぐ隣を選びました。
				2時になったので、劇場へ。 ん？ 扉も閉まっているし、何だか様子が変だな～。それに誰もいないし。
				と、よく見ると扉に小さな張り紙が&#8230;&#8230;&#8230;..
				
				”Parshifalの講演は、アクロポリスであります。”
				え～!! アクアポリスってどこ？ あわててこちらの住人らしき人に尋ねました。すると、「歩くと結構ありますよ。トラムに乗って行った方がいいと思います。」との事。
				超速歩きで、（最近こんなに速く歩いたことないくらい速足で）電停まで。ラッキーな事に次のトラムは4分後に到着。と電光板に出ていました。
				アクロポリスは地図によると3番目の電停でしたから、「何とか間に合う。」自分を励ましながら&#8230;&#8230;&#8230;.
				はい。お陰さまで無事に到着。結果的には、ちょうどいい時間に着きました。自分の座席に座ってホッとすると、さっきの泣きそうな気持から一転して、 ”トラムには一度乗ってみたかったから、いい経験だったワ～” なんてまあ、この変わりよう。自分でも可笑しいくらいでした。
				で、往復に4時間、何と! 講演は2回の休憩をはさんで4時間以上ありました。ひどく疲れました。
				ですから今日は、簡単に写真だけご紹介して終わります。
				講演が終わってアクロポリスから出てくる人達と、建物です。
				
				ニースを走るトラム。開通してから、皆さんにとても喜ばれているようですね。
				
				オペラとは何の関係もないのですが、地下の駐車場に車を止めて、地上に上がってきて公園を歩いていたら、いきなり（あやうく、頭に直撃するところでした）落ちてきたんですこれが。記念に（頭に当たっていたら記念どころではなかったですよね～。）持って帰ってきました。
				
				最後に肝心のパルシファルの感想を一言。ものすごく良かったです!!! ドイツ語で歌われたので、フランス語のスーパーがでてました。あらかじめストーリー（日本語の解説）を読んでいってて良かった～と思いました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>今日は久しぶりにニース（Nice）に行ってオペラを見てきましたので、その話題です。</p>
				<p>今日17日日曜日が最終公演の、ワグナー（Richard Wagner） のオペラ、パシファル（Parsifal）を見てきました。</p>
				<p>2時半からの講演でしたので、時間に余裕を持って出かけました。日曜日のハイウェイはかなりすいていて、予定より早めにニースに到着しましたので、お昼を食べてゆっくりしていたんです。ニースのオールドタウンにあるオペラ劇場で公演されると信じて疑わなかったので、レストランだって劇場のすぐ隣を選びました。</p>
				<p>2時になったので、劇場へ。 ん？ 扉も閉まっているし、何だか様子が変だな～。それに誰もいないし。<br />
				と、よく見ると扉に小さな張り紙が&#8230;&#8230;&#8230;..</p>
				<p><span id="more-489"></span></p>
				<p>”Parshifalの講演は、アクロポリスであります。”</p>
				<p>え～!! アクアポリスってどこ？ あわててこちらの住人らしき人に尋ねました。すると、「歩くと結構ありますよ。トラムに乗って行った方がいいと思います。」との事。<br />
				超速歩きで、（最近こんなに速く歩いたことないくらい速足で）電停まで。ラッキーな事に次のトラムは4分後に到着。と電光板に出ていました。</p>
				<p>アクロポリスは地図によると3番目の電停でしたから、「何とか間に合う。」自分を励ましながら&#8230;&#8230;&#8230;.</p>
				<p>はい。お陰さまで無事に到着。結果的には、ちょうどいい時間に着きました。自分の座席に座ってホッとすると、さっきの泣きそうな気持から一転して、 ”トラムには一度乗ってみたかったから、いい経験だったワ～” なんてまあ、この変わりよう。自分でも可笑しいくらいでした。</p>
				<p>で、往復に4時間、何と! 講演は2回の休憩をはさんで4時間以上ありました。ひどく疲れました。<br />
				ですから今日は、簡単に写真だけご紹介して終わります。</p>
				<p>講演が終わってアクロポリスから出てくる人達と、建物です。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/011701_copy.jpg" alt="アクロポリス" title="アクロポリス" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-490" /></p>
				<p>ニースを走るトラム。開通してから、皆さんにとても喜ばれているようですね。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/011702_copy1.jpg" alt="トラム" title="トラム" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-492" /></p>
				<p>オペラとは何の関係もないのですが、地下の駐車場に車を止めて、地上に上がってきて公園を歩いていたら、いきなり（あやうく、頭に直撃するところでした）落ちてきたんですこれが。記念に（頭に当たっていたら記念どころではなかったですよね～。）持って帰ってきました。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/011703_copy.jpg" alt="記念" title="記念" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-493" /></p>
				<p>最後に肝心のパルシファルの感想を一言。ものすごく良かったです!!! ドイツ語で歌われたので、フランス語のスーパーがでてました。あらかじめストーリー（日本語の解説）を読んでいってて良かった～と思いました。</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>バルザックの日常と作品</title>
		<link>http://www.yumibooks.com/blog/culture/473.html</link>
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		<pubDate>Sat, 16 Jan 2010 01:11:08 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文学・音楽・教養]]></category>
		<category><![CDATA[バルザック]]></category>

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		<description><![CDATA[				今日のサナリーは久しぶりに晴れました。
				久しぶりの晴れと金曜日とが重なったせいでしょうか、交通渋滞していました。車のランプの調子がおかしかったので、ガレージ（トヨタとか、ホンダとか、ディーラーの意味です）に行って見てもらったら、結局ランプの交換になりました。高かったです! 
				そう言えば、去年の夏くらいからでしょうか、フリーのコーヒーサービスが無くなりました。クロワッサンのサービス（バスケットに入れて置いてあります）は相変わらずありますが、（あんまり食べる人はいないみたいです）エスプレッソとか普通のコーヒーとか、自分の好きなコーヒーを選んで飲める、コーヒーマシーンが待合室にあって人気だったのですが、受付の後に移動されて、勝手に飲めなくなりました。フランスでも、経費節減しているんですね。
				19世紀を代表するフランスの文豪、現代小説の創始者と言われるバルザックの2回目です。
				彼はとにかくコーヒーを飲みます。眠気を払うために、一日に何十杯と飲みました。寝る間も惜しんで書き続けます。書き終わると社交界へ顔を出します。ですから、小説を書いていない時間は、社交界で友人たちと交流を深め、大食いをし豪遊するのです。バルザックの大食いは有名で&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;
				
				一度に100個の牡蠣を食べたと言われています。とにかく、よく食べ、豪遊し、浪費を重ね、借金を増やしていきました。これだけ使えば、稼いでも稼いでもお金が足りないはずですね。女性遍歴も波乱万丈で、数多くの家庭のある貴族階級の年上の夫人と交際していました。
				ですが、事業の失敗や贅沢な生活の為に彼が作った莫大な借金は、彼自身によって清算される事はありませんでした。では誰が清算したのか？と言うと、彼が亡くなる4か月前、51歳の時に結婚した相手である、ロシア貴族の未亡人、ハンスカ伯爵夫人によってです。
				ハンスカ夫人は前夫から莫大な遺産を引き継いでいたのですね。長年の夢が叶って、ハンスカ夫人とやっと結婚できたと思いきや、風邪をこじらせ体調を崩し、たった4か月の結婚生活でこの世を去ってしまいます。食べ過ぎによる糖尿病が原因だとも言われています。
				バルザックの最期の言葉は「ビアンションを呼んでくれ! ビアンションを呼んでくれ! 」でした。ビアンションとは、彼の小説に出てくる医者の名前です。驚きですよね。
				さて、小説についてですが、たくさんありすぎて、どれを取り上げていいか分かりませんが、個人的に好きなのは、「あら皮」、「ゴリオ爺さん」ですね、やはり。「あら皮」はバルザックが31，32歳の時に書かれたものですが、爆発的に売れて、あの頃、一躍読書界の寵児となります。バルザックの生前だけでも、15年間に7度版を重ねていますし、亡くなった後も世界中で版を重ねています。
				「あら皮」のあらすじを最短で述べると&#8230;&#8230;
				ラファエルという青年が自殺しようとセーヌ河岸を彷徨っていたのですが、身投げするにはまだ日が高く、時間つぶしに入った骨董屋の主人から、一枚のあら皮を譲り受けます。” あら皮を持っている者は、望みをすべてかなえる事ができる。が、その代り、命が縮まっていく。あら皮もそれにあわせて縮んでいき、自分の余命もその皮から読み取ることができる。”　そんなあら皮を手にしてから、確かにラファエルの望みは次々と叶っていきます。
				経済的にも窮していたのに、パリでも一、二を争うような豪邸も建てられる程になります。それは、彼がお金持ちになる事を望んだから？あら皮は確実に縮んでいきます。相思相愛でポリーヌという純粋な女性と結ばれ、幸せの絶頂にいます。あら皮はますます縮み、ラファエルも健康を害していきます。あら皮を何とか大きくしようと手を尽くしてみても、どうにもならず、医者を何人も呼んで治療にあたったラファエルもついに死んでしまいます。
				最後に、バルザックの小説において忘れてはならない、大切な事があります。それは、ある登場人物が、別の小説にも又登場する事です。資料によると、254人の人物が、2つ以上の作品に再登場しているとあります。「ゴリオ爺さん」は「あら皮」の3年後に書かれていますが、「ゴリオ爺さん」の主人公のラスティニャックはすでに「あら皮」に登場しています。
				こういう技法で「人間喜劇」の作品群は繋がっているのですね。
				写真はずいぶん昔に、パリ16区にあるバルザック館を訪ねた際、買ったガイドブックです。
				
				噂のステッキがガイドブックにも紹介されています。バルザックが35歳の時オーダーしたもので、金とトルコ石で飾られています。私もミーハー（死語？）でしたね～。このステッキが見たくてバルザック館に行ったんですよね～実は。破天荒に生きたバルザック、会ってみたかったな～って思います。
				
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>今日のサナリーは久しぶりに晴れました。<br />
				久しぶりの晴れと金曜日とが重なったせいでしょうか、交通渋滞していました。車のランプの調子がおかしかったので、ガレージ（トヨタとか、ホンダとか、ディーラーの意味です）に行って見てもらったら、結局ランプの交換になりました。高かったです! </p>
				<p>そう言えば、去年の夏くらいからでしょうか、フリーのコーヒーサービスが無くなりました。クロワッサンのサービス（バスケットに入れて置いてあります）は相変わらずありますが、（あんまり食べる人はいないみたいです）エスプレッソとか普通のコーヒーとか、自分の好きなコーヒーを選んで飲める、コーヒーマシーンが待合室にあって人気だったのですが、受付の後に移動されて、勝手に飲めなくなりました。フランスでも、経費節減しているんですね。</p>
				<p>19世紀を代表するフランスの文豪、現代小説の創始者と言われるバルザックの2回目です。</p>
				<p>彼はとにかくコーヒーを飲みます。眠気を払うために、一日に何十杯と飲みました。寝る間も惜しんで書き続けます。書き終わると社交界へ顔を出します。ですから、小説を書いていない時間は、社交界で友人たちと交流を深め、大食いをし豪遊するのです。バルザックの大食いは有名で&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;</p>
				<p><span id="more-473"></span></p>
				<p>一度に100個の牡蠣を食べたと言われています。とにかく、よく食べ、豪遊し、浪費を重ね、借金を増やしていきました。これだけ使えば、稼いでも稼いでもお金が足りないはずですね。女性遍歴も波乱万丈で、数多くの家庭のある貴族階級の年上の夫人と交際していました。</p>
				<p>ですが、事業の失敗や贅沢な生活の為に彼が作った莫大な借金は、彼自身によって清算される事はありませんでした。では誰が清算したのか？と言うと、彼が亡くなる4か月前、51歳の時に結婚した相手である、ロシア貴族の未亡人、ハンスカ伯爵夫人によってです。</p>
				<p>ハンスカ夫人は前夫から莫大な遺産を引き継いでいたのですね。長年の夢が叶って、ハンスカ夫人とやっと結婚できたと思いきや、風邪をこじらせ体調を崩し、たった4か月の結婚生活でこの世を去ってしまいます。食べ過ぎによる糖尿病が原因だとも言われています。</p>
				<p>バルザックの最期の言葉は「ビアンションを呼んでくれ! ビアンションを呼んでくれ! 」でした。ビアンションとは、彼の<strong>小説</strong>に出てくる医者の名前です。驚きですよね。</p>
				<p>さて、小説についてですが、たくさんありすぎて、どれを取り上げていいか分かりませんが、個人的に好きなのは、「あら皮」、「ゴリオ爺さん」ですね、やはり。「あら皮」はバルザックが31，32歳の時に書かれたものですが、爆発的に売れて、あの頃、一躍読書界の寵児となります。バルザックの生前だけでも、15年間に7度版を重ねていますし、亡くなった後も世界中で版を重ねています。</p>
				<p>「あら皮」のあらすじを最短で述べると&#8230;&#8230;<br />
				ラファエルという青年が自殺しようとセーヌ河岸を彷徨っていたのですが、身投げするにはまだ日が高く、時間つぶしに入った骨董屋の主人から、一枚のあら皮を譲り受けます。” あら皮を持っている者は、望みをすべてかなえる事ができる。が、その代り、命が縮まっていく。あら皮もそれにあわせて縮んでいき、自分の余命もその皮から読み取ることができる。”　そんなあら皮を手にしてから、確かにラファエルの望みは次々と叶っていきます。</p>
				<p>経済的にも窮していたのに、パリでも一、二を争うような豪邸も建てられる程になります。それは、彼がお金持ちになる事を望んだから？あら皮は確実に縮んでいきます。相思相愛でポリーヌという純粋な女性と結ばれ、幸せの絶頂にいます。あら皮はますます縮み、ラファエルも健康を害していきます。あら皮を何とか大きくしようと手を尽くしてみても、どうにもならず、医者を何人も呼んで治療にあたったラファエルもついに死んでしまいます。</p>
				<p>最後に、バルザックの小説において忘れてはならない、大切な事があります。それは、ある登場人物が、別の小説にも又登場する事です。資料によると、254人の人物が、2つ以上の作品に再登場しているとあります。「ゴリオ爺さん」は「あら皮」の3年後に書かれていますが、「ゴリオ爺さん」の主人公のラスティニャックはすでに「あら皮」に登場しています。<br />
				こういう技法で「人間喜劇」の作品群は繋がっているのですね。</p>
				<p>写真はずいぶん昔に、パリ16区にあるバルザック館を訪ねた際、買ったガイドブックです。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/011501_copy.jpg" alt="ガイドブック" title="ガイドブック" width="252" height="500" class="alignnone size-full wp-image-474" /></p>
				<p>噂のステッキがガイドブックにも紹介されています。バルザックが35歳の時オーダーしたもので、金とトルコ石で飾られています。私もミーハー（死語？）でしたね～。このステッキが見たくてバルザック館に行ったんですよね～実は。破天荒に生きたバルザック、会ってみたかったな～って思います。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/011502_copy.jpg" alt="ステッキ" title="ステッキ" width="485" height="500" class="alignnone size-full wp-image-475" /></p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>オノレ・ド・バルザック　その人と背景</title>
		<link>http://www.yumibooks.com/blog/culture/461.html</link>
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		<pubDate>Thu, 14 Jan 2010 22:13:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>admin</dc:creator>
				<category><![CDATA[文学・音楽・教養]]></category>
		<category><![CDATA[バルザック]]></category>

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		<description><![CDATA[				今日と明日の2回に分けて、私が大好きな作家の一人、オノレ・ド・バルザック（Honore de Balzac）についてお話したいと思います。
				2,000年に、彼の没後150年を記念した催しが、世界のあちこちでありましたので、ご記憶の方も多いと思います。私は彼の小説も大好きですが、バルザック自身の人生、生き方にとっても興味がありまして、それについて書かれた本をいろいろ読んだ事があります。
				バルザックは、1799年5月20日（フランス革命の10年後です）フランスのトゥールで生まれ、1850年8月18に51才で亡くなっています。オノレ・ド・バルザックの&#8221;ド&#8221;は、彼が貴族を気取って勝手につけたものです。彼が亡くなった時に弔辞を読んだのは、親友のヴィクトル・ユーゴでした。
				小さい頃から母親に愛されなかった（と、バルザックは信じて疑いませんが、そうでないようにも思えます。疑問です。）ようで、生後間もなく近くに住む乳母に預けられ、その後寄宿舎に入りますが、（8歳から14歳くらいまで）ここでのバルザックは、友達もなく、本を狂ったように読む時を過ごします。
				6年間で母親が彼に面会に来たのは、たった2度だったようです。（その事を理由に、バルザックは、母親が自分を愛してなかったと思っています）
				大学の法学部に入学し、両親の希望する公証人となるべく法律事務所で見習いを始めますが、&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;
				
				やはり小説家になりたいという望みを捨てきれず、20才の頃から小説を書き始めます。最初の頃は名前を出さずに、友人たちと一緒に書いていましたが、20才代後半に、印刷業と出版業、ひいては活字製造業にまで手を出して、経営に失敗し、大きな借金を負う事になります。28才、この頃から自分の名前で小説を書き出したとされています。
				そして、彼の作品が今の人々にも読み継がれている、その集大成の作品群の名前、それが「人間喜劇」（La Comedie humaine）です。「人間喜劇」の構想は彼自身によって、1842年に発表されましたが、構想自体はすでに1830年頃からあったようですね。「人間喜劇」には100編あまりの小説が含まれ、登場人物の数は、2,000人を超えていると言われています。
				ですが、1850年に彼が亡くなった事で、「人間喜劇」を終結させる事はできず、執筆予定だった作品も50作近く残ったとされています。
				バルザックが小説に描いている時代、それは1817年から1840年頃です。歴史的には“王制復古”の時代です。貴族がだんだん力を失ってきて、それに代わって、ブルジョアと呼ばれる商人や企業が実権を持ち始めていました。産業革命が進み、金融資本ができ、銀行が力をつけてきます。
				バルザックはこういう時代に生きていました。ですから、ここに生きる人間を描きたかったのです。
				男と女の関係、いろいろな人の職業、お金、政治、司法、愛や騙し、等々、現実の人間社会で起こり得る、ありとあらゆる事柄を描こうとしたのです。
				「人間喜劇」には、今私達が抱えている問題の多くがすでにあったのです。ですから、彼が亡くなって160年たった今なお、多くの読者が彼を愛してやまないのですね。
				写真左がバルザックのポートレート、右は、数年前にパリで購入した「バルザックの時代のパリ」を描いた本の表紙です。
				
				「バルザックの時代のパリ」の中身ですが、シャンゼリゼ（Champs-Elysees)の通りが、今とほとんど変わらない事に驚きです。
				
				明日は、バルザックの作品にも触れながら、彼の日常のお話をしたいと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[				<p>今日と明日の2回に分けて、私が大好きな作家の一人、オノレ・ド・バルザック（Honore de Balzac）についてお話したいと思います。</p>
				<p>2,000年に、彼の没後150年を記念した催しが、世界のあちこちでありましたので、ご記憶の方も多いと思います。私は彼の小説も大好きですが、バルザック自身の人生、生き方にとっても興味がありまして、それについて書かれた本をいろいろ読んだ事があります。</p>
				<p>バルザックは、1799年5月20日（フランス革命の10年後です）フランスのトゥールで生まれ、1850年8月18に51才で亡くなっています。オノレ・ド・バルザックの&#8221;ド&#8221;は、彼が貴族を気取って勝手につけたものです。彼が亡くなった時に弔辞を読んだのは、親友のヴィクトル・ユーゴでした。</p>
				<p>小さい頃から母親に愛されなかった（と、バルザックは信じて疑いませんが、そうでないようにも思えます。疑問です。）ようで、生後間もなく近くに住む乳母に預けられ、その後寄宿舎に入りますが、（8歳から14歳くらいまで）ここでのバルザックは、友達もなく、本を狂ったように読む時を過ごします。<br />
				6年間で母親が彼に面会に来たのは、たった2度だったようです。（その事を理由に、バルザックは、母親が自分を愛してなかったと思っています）</p>
				<p>大学の法学部に入学し、両親の希望する公証人となるべく法律事務所で見習いを始めますが、&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;&#8230;</p>
				<p><span id="more-461"></span></p>
				<p>やはり小説家になりたいという望みを捨てきれず、20才の頃から小説を書き始めます。最初の頃は名前を出さずに、友人たちと一緒に書いていましたが、20才代後半に、印刷業と出版業、ひいては活字製造業にまで手を出して、経営に失敗し、大きな借金を負う事になります。28才、この頃から自分の名前で小説を書き出したとされています。</p>
				<p>そして、彼の作品が今の人々にも読み継がれている、その集大成の作品群の名前、それが「人間喜劇」（La Comedie humaine）です。「人間喜劇」の構想は彼自身によって、1842年に発表されましたが、構想自体はすでに1830年頃からあったようですね。「人間喜劇」には100編あまりの小説が含まれ、登場人物の数は、2,000人を超えていると言われています。</p>
				<p>ですが、1850年に彼が亡くなった事で、「人間喜劇」を終結させる事はできず、執筆予定だった作品も50作近く残ったとされています。</p>
				<p>バルザックが小説に描いている時代、それは1817年から1840年頃です。歴史的には“王制復古”の時代です。貴族がだんだん力を失ってきて、それに代わって、ブルジョアと呼ばれる商人や企業が実権を持ち始めていました。産業革命が進み、金融資本ができ、銀行が力をつけてきます。</p>
				<p>バルザックはこういう時代に生きていました。ですから、ここに生きる人間を描きたかったのです。<br />
				男と女の関係、いろいろな人の職業、お金、政治、司法、愛や騙し、等々、現実の人間社会で起こり得る、ありとあらゆる事柄を描こうとしたのです。</p>
				<p>「人間喜劇」には、今私達が抱えている問題の多くがすでにあったのです。ですから、彼が亡くなって160年たった今なお、多くの読者が彼を愛してやまないのですね。</p>
				<p>写真左がバルザックのポートレート、右は、数年前にパリで購入した「バルザックの時代のパリ」を描いた本の表紙です。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/Balzac-011401_copy.jpg" alt="バルザック" title="バルザック" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-463" /></p>
				<p>「バルザックの時代のパリ」の中身ですが、シャンゼリゼ（Champs-Elysees)の通りが、今とほとんど変わらない事に驚きです。</p>
				<p><img src="http://www.yumibooks.com/blog/wp-content/uploads/2010/01/Balzac-011402_copy.jpg" alt="シャンゼリゼ" title="シャンゼリゼ" width="500" height="375" class="alignnone size-full wp-image-464" /></p>
				<p>明日は、バルザックの作品にも触れながら、彼の日常のお話をしたいと思います。</p>
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