やったね!小林可夢偉、モナコGP,5位入賞!!

29日決勝のF1シリーズ第6戦、モナコ・グランプリ(GP)で小林可夢偉(ザウバー・フェラーリ)が
自己最高の5位入賞を果たしました。これはモナコGPでは、2008年7位だった中嶋一貴を上回り、
日本人の最高成績となりました。

Q3ではチームメイトのセルジオ・ペレスが大クラッシュを喫し、ザウバーは小林可夢偉だけで
モナコを戦うことになったのです。ですが、結果的に彼の車1台だけでザウバーに10ポイントを
もたらすというチームにとって最高の結果を残しました。

勝因はプライムスタートの1ストップ戦略をとった事だと、可夢偉自身も述べています。
「フリー走行でのタイヤの状況を見たら、ワンストップでいけるのは分かっていたので、まず最初は
新品のソフトタイヤでスタートして、そのあと新品のオプ ションタイヤに履き替えました。
狙い通りオプションタイヤでスタートしたクルマがピットインしていく間にポジションも上がったし、
1回目のセーフティー カーの間にタイヤを交換したタイミングもまずまずでした。
そこからタイヤを労りながら前のスーティルを追いかけつつ、後ろから来るウェバーも抑える
という のは結構大変でした」

72周目に赤旗中断になるまで可夢偉は4位を走行していました。でも、レースが中断した時点で
全ドライバーがタイヤを交換。可夢偉はフレッシュタイヤを履いたマーク・ウェバーの猛攻を凌ぐことが
できず、結局5位でのフィニッシュとなったのです。

「もしタイヤを交換しないままだったら、最後までウェバーはおさえられていたとは思います」と
可夢偉は語っています。

アイルトンセナが憧れだったという可夢偉。
F1はかつて、アランプロストとセナのライバル決戦で沸いていました。1993年にプロストが現役を
引退した後の、1994年、イモラで大クラッシュの後、セナ様が亡くなるという悲劇がおこり、偉大な
2人のドライバーを失ってから、F1の人気も陰りが出始めたのを覚えています。
私も大いに嘆き悲しみました。

あの時のようなF1人気は取り戻せないかもしれませんが、可夢偉のような人がでてきて、
これから日本でももっと、F1のファンになる人が出てきて欲しいと思います。

最近パリのアパートを引き払って、今はホテルからホテルへ渡り歩いているという、可夢偉。
インタビューで見せる笑顔に何となくほっとさせられる、これからますます応援したくなる人です。

5月31日、レース後の小林可夢偉。

小林可夢偉_copy

Yumi Books 出版の”F1 本” アイルトン・セナのページ。(少しだけ宣伝…..笑)

アイルトン・セナ_copy

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