オートリーブの郵便配達夫、シュバルの理想宮

去年のクリスマスをリヨンで過ごし、ヴィサンのジトに泊まり、奥様から送られてきた積雪の写真をご紹介しました。実は、ジトを後にしてサナリーに帰る途中、2か所、立ち寄った所がありました。今日はそのうちの一か所をご紹介します。

まず、訪ねた場所はどこかというと、、大雑把に言うと、リヨンとアビニョンの間です。町の名前はオートリーブ(Hauterives)、 ドローム県(Drome 南仏)にあります。
私は車で行きましたが、オートリーブという町は小さな町で、そう簡単に行ける所ではないと思っていました。今でもそう思うのですが、でも何と! 日本語の…………

パンフレットがあるではないですか! という事は、日本から、かなりの人がここを訪れているという事です。実際見る建物にも驚きましたが、その前にまず、チケットを買った時点で驚きでした。
今回は先に写真をお見せしてから、それから、これを作る事になったいきさつや、作った人の人となりについてお話ししたいと思います。

この写真は西側正面になると思います。パンフレットによると、(私が写しているのは全部ではないので、どれがそれにあたるかな~くらいの気持ちで見て下さいね。)……ヒンズー教寺院、スイスの山小屋、「夢が実現する所」回廊入口、ホワイトハウス、アルジェの四角い家、中世の城、つまずきの石(テラスの上)…….

西側正面

こちらは東側正面です。こちらもパンフレットによると、3人の巨人(あっ! これ分かる! 当然ですよね。)、ツバメの巣、洗濯女のニッチ、水盤と「生命の泉」………..

東側正面

3人の巨人の後の拡大写真です。

拡大写真

この建物の内部の壁にありました。

壁

最後は、北側ですね。すごいですね~。ちょっと怖い感じもありますが。

北側

パンフレットの表に彼の言葉が記されています。「私は農民の子として生き抜きたい。農民階層の中にも、活力溢れる天才が存在する事を証明する為に。29年の間、農村地帯の郵便配達夫として私は務めた。仕事が私の唯一の誇り、名誉が私の唯一の幸福、私の不思議な物語が完結する。40年後、夢が実現し、現実となる。」
1905年3月15日 フェルディナン・シュバル(ferdinand Cheval)

この建物は” Le Palais Ideal du Facteur Cheval ” シュバルの理想宮 と呼ばれています。シュバルは1836年、オートリーブの南、シャルムで生まれます。オートリーブの郵便配達夫となり、仕事で何十キロも歩いていた時、石につまずきます。

この時が1879年とされてますから、43才だったんですね。この奇妙な石を持ち帰り、再びその場所に戻ってきてみると、もっと素敵な石がある事に気づき、石に夢中になっていくのです。

当時、車も自転車もなく、彼は手押し車で石を集めてまわって、この理想宮を完成させたと言われています。
彼に建築の知識があったわけでも、石工の職を経験したわけでもありませんでした。彼はたった一人で、
33年という月日をかけて、この理想宮を完成させたのです。

1924年、88才でオートリーブで亡くなりますが、彼の遺骨は、彼自身が作ったお墓に埋葬されました。

理想宮は1969年に文化財に指定されています。今は、世界中からたくさんの訪問者がここを訪れているそうです。
やったね、シュバルさん! そして、おめでとう! 

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